病弱だからこそ見えてきた世界

子供の頃から体が弱かったので、体調管理には気を使ってきました。健康な人には不思議がられるのですが、病弱ほど体に気を使いますからね。何しろ、ちょっとした変化で体調を崩しますので。

不健康な生活を送っていても支障を感じない人は、わざわざ体の声に耳を傾けようとは思わないはずです。ある意味では鈍感なわけなので、声を聞こうとしても無理かもしれません。

それに対して、私のようなちょっとした変化が偏頭痛のきっかけになったり、何かと病気がちだと話が違ってきます。

お腹の調子が良くなければ、その原因がストレスか食べ物か、それとも他に何かあったのかを探ります。そうしたことを繰り返してきたら、一般的な健康法とは違ったこだわりも出てきました。

結局のところ、東洋医学でも西洋医学でも、体質には個人差があることを認めています。健康法もまた、カスタマイズしないと使い物にならないというわけです。そして、そのためには自らの体の変化に敏感になるしかありません。

私の体は、余裕のない車のハンドルのようなものです。ちょっと動かしただけで車の進路が変わってしまうようなもので、遊びの部分が極端に小さいのです。

生きていく上では厄介な体質ですが、おかげで学べたことも色々あります。せっかくなので、そうしたこともこの場でシェアしていければと思います。体質のせいもあり、色々と病気や医療についても調べてきました。

いかにして健康を保って生き残るのか?

これは私の人生にとって重要なテーマです。病弱としての生き残りの術を語るというのは、あまり例のない話かもしれません。病気知らずの健康な人には理解できない心情もあるでしょう。

その一方で、病弱だからこそ見えてくる世界もあります。どのくらい体に配慮して生活しているのかという点においては、私は人に負ける気がしません。それが自慢できることなのかは謎ですが(笑)